未来からの感謝状

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春めいた光と風の中、スイセンの花たちが一段と輝きを増してきた午後。

夫: 高級そうな封筒がポストに入っていたんだけど、何か変だな。ナニナニ?宛名の横に「未来
   からの感謝状」って書いてあるぞ。切手に押された日付は2026年3月じゃないか。そんな
   バカな!差出人は僕自身の名前だし、一体、どういうこと?10年後の僕が今の自分に出した
   ってことになるのかい?

妻: 新手の振り込め詐欺じゃないの?封筒は随分と立派な厚手の和紙ね。早く開けてみて。

夫: そうだね。お金を請求する内容なら、即座にゴミ箱行きだ。

中の便箋もきれいな和紙で、そこには次のようなことが書かれていました。

10年前の私へ。拝啓、お元気にお過ごしのことと思います。
私も認知症の発症リスクが高い年代に突入しました。2026年の今では、10年前とは比較にならない
ほど認知症の患者が急増しており、ニュースでは連日、認知症がらみの事件や事故が報道されてい
ます。
さて、本題です。自身の認知症発症だけでなく老々介護に陥る不安も抱えている私にとって、こう
いったニュースは他人事ではありません。現在では、認知症の患者が起こした事故での家族の損害
賠償責任に関する法整備は、ある程度進んでおり、明らかな監督放棄などの過失がなければ、残さ
れた家族が賠償金を全額負担させられることはなくなりましたが、以前は、そうではありませんで
したよね。
私はこうした法整備が確立された背景には、何らかのきっかけがあるのではないかと思い、調べて
みました。その結果、約10年前に認知症患者(男性、当時91歳)が徘徊中に電車にはねられて死亡
した事故で、JR東海が家族に対し賠償を求めた裁判において、一審、二審では損害賠償責任ありと
された判決が、最高裁で「家族の生活状況などを総合的に考慮して決めるべき」との新たな視点を
示し、JR 東海側の逆転敗訴が、2016年3月1日に確定した事例を見つけました。
そして、同年3月3日の朝日新聞の「声」欄に投稿されたYさんの「認知症患者が原因となった被害
に対し、国民全体で助け合ったり補償できる仕組みを国や保険会社が作って欲しい」という記事も
見つけました。
私はこれらの声が法整備へのきっかけを作ったのではないかと考えました。新聞への投稿者は友人
のYさんです。Yさんに投稿への謝辞を伝え、同封の感謝状を渡してほしいのです。
よろしくお願い申し上げます。10年後の私より  敬具

妻: 真面目な文章じゃないの。手作りの感謝状も同封されているわ。

夫: フッフッフ、読んでいくうちに、どうやら本当の差出人がわかったぞ。いくつになっても、あ
   いつのいたずら心は健在なようだな。

妻: 本当の差出人はYさんなの?

夫: いやいや、Yさんは自分の投稿記事が新聞に掲載されたことを知らせるのに、こんな回りくど
   いことなんてしないよ。封筒の日付押印を良く見ると、手作り風だし。

妻: じゃあ、誰?私が知っている人?・・・・・もしかしたら土井さん?

夫: そう、きっと土井君だな。やってくれるじゃないか。共通の友人であるYさんの投稿文が採用
   されているから、「読め!」と言いたいんだよ。電話やメールで知らせれば簡単なのに、彼
   はそれじゃあ面白くないのだな。そこで、こんなに手の込んだ方法を考えたんだろうね。還
   暦を過ぎても、相変わらず、お騒がせなヤツだ。彼が直接、この封筒を我が家の郵便受けに
   放り込んだんだよ、きっと。僕がこの封筒を受け取る時間を見計らって、メールでも打って
   いるんじゃないか?ちょっとパソコンを立ち上げてくるよ。

パソコンのメールを見てニンマリ笑った夫は、添付されていた新聞の記事を印刷し、妻に手渡しま
した。

夫: やはり土井君だよ。Yさんの投稿記事を私にも記憶に残る方法で知らせたかったそうだ。あの
   高級そうな封筒や便箋はフリーマーケットで安く買ったものだからご心配なくとも書いてあった。

妻: 何十年も前の話だけど、あの方は飲み会の連絡に電報を使って、私たちを驚かせたことがあっ
   たわ。あの頃とちっとも変わっていないのね。

夫: そういうヤツだ。今回の芝居じみたやり方は彼自身が認知症になることを一番恐れていること
   の表れなのかも知れないね。

Yさんの投稿記事のコピーを、二人でじっくりと読みました。

夫: 「認知症事故、家族責任なし」は画期的な判決だな。これから法整備も充実していくと思うけ
    ど、Yさんの意見のように被害者側、加害者側の両方が救われるような制度が国や保険会社
    によって作られるといいね。

妻: Yさんの文章は素晴らしいわ。無駄な言葉が一つもなくて、誰かさんの文章とは格段の差よ。

夫: おいおい、問題をそちらに持っていくなよ。認知症患者が起こした事故の補償制度を提言して
   いる彼の意見に戻ってくれ。

妻: あなたの友達には変人が多いけど、彼は横綱級ね。こんな手の込んだ方法を考えて実行するな
   んて信じられない。でも、Yさんの意見には多くの人が賛同すると思うわ。

夫: 一人でも多くの人に読んでもらいたいね。そしてYさんの投稿が活かされて欲しいな。

投稿記事の内容は添付の切り抜きをお読みください。

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