新年の初散歩

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連日の冷たい寒風が少し収まった午後、新年になって初めての散歩に出かけた夫婦。
いつもの里山を歩こうとしたのですが、分かれ道で立ち止まっています。

夫 :右に向かう狭い道を歩いたことはまだ無いよね。今日はこの道を歩いてみようか?

妻 :そうね。どこに出るのか分からないけど、たまには冒険してみましょうよ。

夫婦は初めての道に足を踏み入れ、緩やかな登り坂を歩き始めました。しばらく登ると
峠らしい場所に出て、その先は下り道が続いています。( 結局、いつもの道に戻るんだ
ろうな)と思いつつ、めぼしい写真の被写体を探しながら、ゆっくりと下り始めました。

夫 :オヤ、あんなところに放置されて山の粗大ゴミ状態になっている家があるよ。こん
    なところに家を建てて、どうやって住んでいたんだろうね。

妻 :日常生活が大変そうで、私だったらこんな所には住めないわ。ボロボロの家には興
    味がないから先に行くわよ。

夫 :僕はなんとなく気になるから、ちょっと覗いてみるよ。

その家に近づいた夫は、外からソッと中を覗きました。柱と屋根はかろうじて残っている
ものの、入口や窓には外気を遮る戸やガラスなどはなく、木枠だけの障子や畳は雨風
にさらされ、見る影もありません。床下がむき出しになっている部屋もあります。
それでも、各部屋には照明器具がぶら下がり、食器類が残されていることから、かつて
はこの家にも一家団らんの時があったことを想像させる余韻が残っていました。

夫 :これは昭和時代の建物だろうな。オッ、五右衛門風呂があるじゃないか。懐かしい
   な。40年以上も昔、妻の実家でフタの使い方を教えてもらいながら、五右衛門風
   呂に初めて入ったけど、その時の感触が蘇ってきたぞ。お湯の上に浮かんでいる
   木のフタの中心に、狙いを定めて足を置き、少しずつ体重をかけてズブズブッと押
   し込んで体を沈ませて行った時の愉快な気分は今でも忘れない。新鮮な体験だっ
   たな。 あれっ!火鉢とチャブ台もあるぞ。そういえば妻のお婆ちゃんと火鉢を囲ん
   で、おしゃべりをしながら餅を焼いて食べたな~。アァ、亡くなってしまった妻の両
   親やお婆ちゃんの顔が鮮明に思い出されてきたぞ。
   私を受け入れてくれた人たちだ。これはいかん、涙がこぼれてきた。
   この家にはもっと何かがあるかもしれない。中に入ってみよう。誰もいないけど、挨
   拶だけはしておこう。「おじゃましま~す」。 オット、転んだ!イテテテテ・・・
              ・
              ・
イチ :痛い!痛いぞ!アレ~、ここはどこだ?あの人は健太のお婆ちゃんじゃないか。
    どうして?

婆さん:おや、イッちゃん、いらっしゃい。そんなところでひっくり返って、どうしたんだい?
     健太は庭でベーゴマの練習をしているよ。そうだ、お餅を焼いてあげよう。好き
     だろ。

イチ :ありがとう。ねえ、聞いてもいい?お婆さんは、とうの昔に亡くなったんじゃなかっ
    たっけ。健太が泣きながら俺のところに来たのを覚えているんだ。

婆さん:何を言ってんだい。ワタシャ、ホレ、ご覧の通りピンピンしているよ。おや、こんな
     時間だ。相撲が始まっているよ。ラジオをつけなくちゃ。今日は若乃花と栃錦の
     優勝決定戦だから聞き逃すわけにはいかないよ。

イチ :そういえば、健太とよく相撲をしたな~。「ハッキョイ、残った、残った」って。

婆さん:だから、「ハッキョイ」じゃなくて「ハッケヨイ」なんだって教えたろ?

イチ :ウン、教えてもらったけど、僕たちの間では「ハッキョイ」で通したんだよ。
    ネェお婆さん、あの柱のキズを僕は知っているんだけど、どうしてなんだろう?

婆さん:いやだね、イッちゃん。あんたと健太が背丈を記録する為に小刀で削った跡じゃ
     ないか。うちの大黒柱に大きな傷をつけたからといって、この間、イッちゃんが
     ご両親と一緒に謝りに来たのを忘れたのかい?
     私より先にボケちゃダメじゃないか。

イチ :いや、なんだか、う~んと昔のことのような気がするんだ。変な気分だな。

婆さん:このチャブ台の傷も、あんたがつけたんだよ。あの時は肝を冷やしたね。健太と
     一緒に工作をしていて、ナイフで指を切ってさ。ワタシャ、指を切り落としたんじゃ
     ないかと思って腰を抜かしそうだったよ。あの時の痛さは覚えているだろう?

イチ :痛みはとっくに忘れたけど、その時の傷跡は今でも残っているよ。それもやっぱ
    り、すご~く昔の話のような気がするな。

婆さん:今日のあんたはチョット変だね。まあいいか。あんたたちが大好きな五右衛門
     風呂を沸かしてあげるから、後でゆっくり入っていきなさいよ。

健太 :イッちゃんじゃないか。いつ来たの?また、ベーゴマの勝負に来たのかい?
     今度は負けないぜ。秘密の特訓をしたからな。

イチ :ウ~ン、どうしてここに居るのか?何しに来たのか?全くわからないんだよ。
    僕はどうして、ここにいるのかな~。

健太:何を言ってんだい。今日のイッちゃん、ちょっと変だな。今、お婆ちゃんがお汁粉
    を作ってくれているんだ。一緒に食べようよ。お餅入りだぞ。

イチ :大好きだから食べたいけど、僕は今どうなっているの?子供なの?大人なの?
    それさえ判らないよ。でも、健太のこの家は覚えているよ。一体どうなっているん
    だ?

健太:ほら、お汁粉ができたぞ。熱いからゆっくり食べような。

イチ :ウン、分かった。頂きま~す。熱い!・・・イテテテテ!
              ・    
              ・
夫 :痛い!痛いな~。転んじゃったよ。
   今、幼馴染みの健太と彼のお婆ちゃんに会ったような気がするぞ。どうしちゃった
   んだろう?それはそうと、ぶつけた膝が痛いのなんのって・・・トホホ。

妻 :ちょっと~、何してるの?あんまり遅いから戻ってきたわよ。こんなボロい家には
   見るものなんてないでしょ。アラッ、五右衛門風呂があるじゃない。形は違うけど、
   実家にもあったのよ。懐かしいわ。

夫 :火鉢やチャブ台もあるんだぜ。健太たちの話は内緒にしておこうっと。

妻 :何か言った?ネェ、あっちに冬枯れの渋い景色が広がってるのよ。早く行きましょ。

夫 :次にここへ来るまで、この廃墟風の家が残っていて欲しいな。
    「廃墟ぃ(ハッキョイ)残った、残った!」ってね。

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